日本で4番目に所得が高い自治体は、人口2,506人の村だった
「日本で最も年収が高い街はどこか」と聞かれたら、多くの人が東京の港区や千代田区を思い浮かべます。実際その通りです。ただし、4位は東京ではありません。
当サイトが総務省のデータをもとに全国1,741市区町村を並べたところ、4位に入ったのは北海道の最北、人口2,506人の猿払村(さるふつむら)でした。
| 順位 | 自治体 | 一人当たり課税対象所得 | 納税義務者数 |
|---|---|---|---|
| 1 | 東京都港区 | 1,396.8万円 | 148,588人 |
| 2 | 東京都千代田区 | 1,121.3万円 | 41,109人 |
| 3 | 東京都渋谷区 | 1,073.7万円 | 135,880人 |
| 4 | 北海道猿払村 | 872.7万円 | 1,415人 |
| 5 | 東京都中央区 | 780.8万円 | 105,116人 |
| 6 | 東京都目黒区 | 716.7万円 | 164,334人 |
| 7 | 東京都文京区 | 707.2万円 | 130,797人 |
| 8 | 兵庫県芦屋市 | 701.3万円 | 45,162人 |
| 9 | 東京都新宿区 | 620.5万円 | 188,613人 |
| 10 | 東京都世田谷区 | 619.8万円 | 512,353人 |
中央区、目黒区、文京区、そして「高級住宅地」の代名詞である芦屋市よりも上です。全国1,741市区町村の中央値は297.6万円ですから、猿払村はその約2.9倍ということになります。
これは、ひとつの村だけの話ではない
猿払村単独なら「小さな自治体だから数字が振れただけ」で片づけられます。しかし東京23区を除いて上位20自治体を見ると、そのうち8つが北海道で占められていました。
| 全国順位 | 自治体 | 一人当たり所得 | 人口 | 高齢化率 |
|---|---|---|---|---|
| 4 | 猿払村 | 872.7万円 | 2,506人 | 23.6% |
| 12 | 枝幸町 | 559.4万円 | 7,025人 | 35.6% |
| 15 | 雄武町 | 536.4万円 | 3,861人 | 33.8% |
| 19 | 興部町 | 510.5万円 | 3,356人 | 33.3% |
| 28 | 安平町 | 479.1万円 | 6,955人 | 37.0% |
| 30 | 浜頓別町 | 475.1万円 | 3,039人 | 37.6% |
| 34 | 佐呂間町 | 466.0万円 | 4,339人 | 39.5% |
| 42 | 湧別町 | 443.0万円 | 7,538人 | 39.3% |
地図で見ると、この8町のうち7つがオホーツク海に面しています(猿払・枝幸・浜頓別は宗谷地方、雄武・興部・佐呂間・湧別はオホーツク地方)。北海道179市町村の中央値は309.5万円なので、この一帯だけが道内の平均から明確に外れて上に張り出している格好です。
これだけ地理的にまとまっていれば、偶然ではなく共通の理由があると考えるのが自然です。
理由はホタテ、それも「獲る」から「育てて獲る」への転換
オホーツク沿岸はホタテの一大産地です。農林水産省の広報誌『aff』2022年2月号が猿払村を取り上げており、そこにこの地域の転機が書かれています。
猿払村漁協は昭和46年(1971年)から10ヵ年計画で大規模な稚貝放流事業に踏み切り、天然資源を獲り続ける漁業から「育てて獲る漁業」へ切り替えました。現在も毎年4月から5月上旬にかけて約2億5,000万粒の稚貝を放流しています。2020年(令和2年)の村の漁業生産額約49.3億円のうち、約37.0億円がホタテです。
同記事によれば、漁協の組合員は入職1年で準組合員、5年で正組合員となり、正組合員には漁の報酬とは別に加入期間に応じた配分金が支払われる仕組みがあります。組合員の平均年齢は45歳。収益が特定の事業者に集中せず、従事者に広く分配される構造になっていることが、自治体単位の平均所得を押し上げていると考えられます。
ただし、この数字は「いつのもの」か
ここが、この話でいちばん語られない部分です。
⚠ この872.7万円は、中国が日本産水産物の輸入を停止する前の数字です。
当サイトが使っている総務省「市町村税課税状況等の調」の2023年度分は、2022年中の所得に対する課税状況です。一方、中国が処理水の海洋放出を理由に日本産水産物の輸入を全面停止したのは2023年8月24日。つまりこの数字は、禁輸が始まる前の年の所得を映しています。
北海道産ホタテは輸出のかなりの部分を中国向けの冷凍品・干し貝柱が占めていたため、この禁輸は産地に直接効きました。その後の経緯は複雑です。中国は2025年6月に一部地域からの輸入を条件付きで再開し、同年11月5日には北海道産ホタテの対中輸出が実際に動き出しましたが、外交上の対立からわずか2週間ほどで再び事実上停止しています。
一方で、日本のホタテ輸出額そのものは2025年に前年比30.4%増の906億円と過去最高水準まで回復しました。中国以外への販路転換が進んだ結果です。
つまり「猿払村は日本一稼ぐ村だ」という話は、2022年時点では確かにそうだったという限定つきで読む必要があります。禁輸期間を含む年度のデータが公表されれば、この順位がどう動いたかが分かります。当サイトも更新され次第この記事を追記します。
8町のうち1つだけ、理由が違う
上の表をもう一度見てください。安平町(あびらちょう)だけがオホーツク海に面していません。胆振地方の内陸寄りに位置する、海のない町です。
安平町は競走馬の生産が盛んな地域として知られています。この町の所得の高さは漁業では説明できず、少数の高所得の事業主が平均を押し上げている可能性が高いと考えられます。ただしこれは当サイトが公表データから確認できた事実ではなく、推測です。
ここに、平均値という指標の性質がよく出ています。平均は「多くの人がそのくらい稼いでいる」を意味しません。猿払村のように分配の仕組みによって全体が底上げされている場合と、少数の突出した納税者が引き上げている場合とで、同じ数字がまったく違う実態を指すことがあります。納税義務者がわずか1,415人〜7,538人という規模では、なおさらです。
この数字の読み方(重要)
- 「一人当たり課税対象所得」は世帯年収ではありません。個人住民税の納税義務者1人あたりの課税対象所得です。
- 分母は納税義務者に限られます。無職の方や、所得が低く課税されない方は分母に含まれません。したがって、この指標は「その自治体の住民全員の平均収入」ではありません。
- 給与の平均でもありません。事業所得・不動産所得なども含みます。給与所得者の平均年収とは別の指標です。
- 報道等で見かける「平均所得ランキング」と順位が食い違うことがあります。年度・指標の定義・東京23区を独立自治体として扱うかどうかで結果が変わるためです。当サイトは特別区を独立自治体として扱っています。
関連ページ
データ出典
- 総務省「市町村税課税状況等の調」2023年度(e-Stat「統計でみる市区町村のすがた2025」より集計)
- 総務省統計局「国勢調査」2025年(人口)/同2020年(年齢3区分)
- 農林水産省 広報誌『aff』2022年2月号「オホーツク海で育まれた北海道猿払村の『ホタテ』」
https://www.maff.go.jp/j/pr/aff/2202/spe1_04.html
中国の輸入停止・再開をめぐる経緯および2025年のホタテ輸出額は、報道各社の公表情報にもとづきます。数値・時期は今後の公式統計の公表により更新される可能性があります。